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真琴つばささん(徹子の部屋)

2017.01.15
昨日・1月13日放映されたものの録画を今日見ました。
宝塚以外の番組で、マミちゃんのトークを聞くのは珍しい。

親しい徹子さんとのおしゃべりの中で、初めての話も多く、
特にお父さまの話にはじんとしました。
ふと見た「ベルばら」で宝塚にはまったマミさんは、
音楽学校受験を望みますが、お父さまに反対された。
薬局経営の実家で、家から芸人を出すわけには行かないと言われた。

反対にめげずにアルバイトをして、そのお金で受験準備の稽古に通った。
レッスン料を払う時、他の人は新札の1万円で払うのに、
自分はバイトで稼いだよれよれの千円札で、恥ずかしかった。

 (なんか・・これ、素敵だなと思いました。
  マミさんがファーストフード店でバイトしていたとは聞いていましたが、
  巫女さんやいろんな仕事を経験したとのことです)

受験に合格して、宝塚に向かう時、
父親が車で送ってくれて、その時、
「まなみは、夢を叶えたんだな・・」と、ぽつりと言った。
その後、お父さまとは交流がなくて、
他の人から、「まなみの舞台を観に行った」と話していたよ、と
そういう風に間接的に聞いたそうです。

その後、お父さまはマミさんのトップになる前に亡くなったそうで。
  男親って・・・切ないな。

マミちゃんが番組の最後に、
河島英五の「酒と泪と男と女」を歌いました。
マミちゃんの声は相変わらず低くて、今は越路吹雪さんの歌を
歌っているからシャンソン的発声になっており、それが合ってました。
この曲は男歌だから、マミさんはお父さまのことを考えながら、
歌ってるのかな、と思いました。

徹子さんがマミちゃんに、「うた、うまくなったわね~」と
言ってました。私もそう感じました。
宝塚時代、ダンスは得意なエンターテイナーではあったけど、特に
歌が上手ではなかった。おそらく、自分にあった歌い方(人生を深く歌う
シャンソン)を見つけられたのでは、と察しています。

以下、私自身の話をちょこっと聞いてください。
私は父を早くに亡くして、うちの父も生きるのが下手な人で、
子供の扱いも慣れてなくて、あまり父と何かしたという記憶がないのです。
だけど、夫が娘を可愛がってくれたので、いつもそれを見つめていたら、
いつしか私の心にあった隙間は埋まったような気がしていた。
父もきっと寂しい人だったのではと今は思います。

最近の父親像は変わって来て、
生徒のお父さんたちも送迎時に話したり、参観授業やイベントに
いらしてくれるお父さんもいて、その様子に心なごみます。
河島英五の世界にいるような男のひとも今は懐かしいです。
うっすらとある父の記憶に重なります。

それにしても、知らなかった。
マミちゃんは、本名は、「まみさん」ではなくて、「まなみさん」だったのね。
何か、今日聞いた話と共に新鮮な気がしています。
きっと、人生を深くみつめる、豊かな人です。
これからのご活躍も応援しています。

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